■伊藤万理華作品で転機を迎えた湯浅監督

 そして他方、監督を務めた湯浅にとっても、この個人PVは乃木坂46との関わりにおいて転機となるものだった。「万理華」によってドラマ監督としての評価を得た湯浅は、9thシングルでカップリング曲『無口なライオン』MV、そして10thシングルでは伊藤がフロントメンバーに入った『あの日 僕は咄嗟に嘘をついた』MVの監督にそれぞれ起用され、いずれも全編ドラマで構成された映像を手掛ける。以降も彼は乃木坂46の映像作品において、ドラマを担う重要な作家であり続けている。

 時の移ろいの儚さやそれゆえの尊さを描き出す湯浅とはまた異なる、どこか不条理なたたずまいを表現してみせる山岸聖太もまた、乃木坂46の作品群に独特の豊かさをもたらす映像作家である。山岸は12thシングル収録のペアPV『夏のせい。』で、伊藤を初めてキャストに迎える。

(※伊藤万理華・桜井玲香ペアPV「夏のせい。」予告編)

 クラスメイトとの噛み合わない会話に苛立ち屋上で一人過ごす生徒役の伊藤と、それをケアしにやってくるクラス委員役の桜井玲香との、どこかつかみどころのない会話のうちに生まれる交流を描く本作は、伊藤と桜井というともに芝居巧者のメンバーの顔合わせとなったことで、微細なニュアンスのうちにおかしみを表現することに成功している。

 そして山岸はペアPV『夏のせい。』を起点に、この作品と同じロケーションを用いた連作のようなドラマ群を、乃木坂46の個人PVを通じて制作してゆく。それらの山岸作品は2010年代半ばから後半にかけて、個人PVという企画が総体としての品質を相当に高めてゆくうえでの柱のひとつになっていった。
 

乃木坂46「個人PVという実験場」

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