■“今はもういない人”へのエモーション

 もとより、山岸聖太はユーモアや不条理性の表現のみによって特徴づけられる作家ではない。2016年、橋本奈々未のグループ卒業に際して発表されたソロ楽曲『ないものねだり』は翌年、山岸の演出によってMVが制作されたが、その手際は山岸が乃木坂46のドラマ作品で作り上げてきたスタイルと大きく異なり、彼女の来歴やパーソナルな表情を中心に構成された、はなむけとしてのストレートな表現になっている。

https://www.youtube.com/watch?v=DRfbNAKq2ns
(※「ないものねだり」MV)

 この作品は橋本の卒業コンサートに前後して公開され、やがて乃木坂46の3rdアルバムの映像特典としてリリースされた頃には、彼女はすでに芸能界の人ではなかった。かつて個人PV『ヤングアメリカン』で地に足のついた存在感を示しつつ山岸的世界の住人になりきった橋本は、最後のMV出演となるこの作品ではカジュアルに“橋本奈々未”として振る舞いながら、「思い出の中の人」としての自分自身を上演している。

 同時に、乃木坂46のデビュー翌年から継続的にグループの映像作品に携わってきた山岸は、短からぬ橋本のキャリアを締めくくるにあたって、従来の乃木坂46×山岸聖太作品のスタイルから離れてオーソドックスに彼女の記憶を映像に封じ込めてみせた。『路面電車の街』も『ないものねだり』も、“今はもういない人”へのエモーションを駆動力にしながら、山岸聖太作品の懐の深さを見せる機会にもなっていた。
 

乃木坂46「個人PVという実験場」

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