■「なにもない」から「アイドル」へ

 他方、すでに前年から活動していた4期メンバーたちは、2019年の23枚目シングル『Sing Out!』で初めての個人PVを経験している。このシングルを代表するドラマ型作品は遠藤さくらの「わたしには、なにもない。」(監督:林希)だが、「ECLIPSE」と同じく告白を起点にしながら、そこに付与される意味は対照的といえる。

https://www.youtube.com/watch?v=Q_o7HPaI4p0
(※遠藤さくら個人PV「わたしには、なにもない。」予告編)

 男子生徒からの告白を受け、彼と交際している遠藤。しかし、部活やバンド活動などでいかにも充実している彼に対して、遠藤は自分に「何もないこと」を実感し続ける日々。そんな鬱屈から抜け出すため、彼女はひとつの決断をする。

 他者と思いを通わせ交際することは、自らの存在を肯定するための大きな契機でもある。ただしまた、相互に深くコミットすることが強く期待される間柄になるからこそ、その関係性の齟齬は、それぞれの孤独感をことさらに際立たせることにもなりうる。

 加えて、本作で遠藤演じる女子生徒を苦しめているのは、相手が他になすべきことを豊富に持ち合わせているがゆえに、自分の空疎さがいっそう目立つという事態である。若者たちの交際を描きながら、「ECLIPSE」とは正反対の一面をこのドラマは照らし出している。

 物語の後半では、この状況を打開するために起こした彼女の行動が明らかになるが、この行動はそのまま、現実世界の彼女自身へとゆるやかに接続される。すなわち、この作品は「乃木坂46の遠藤さくら」の、架空の前日譚としての意味を帯びてゆく。そして、一人の俳優として架空の前日譚というフィクションを演じることを通し、まさに乃木坂46のメンバーになってゆく遠藤の姿を、受け手は目の当たりにすることになる。

 新加入メンバーにとって初めての個人PVはしばしば、当人が「アイドルになった」ことそのものを強く意識した作品として制作されてきた。遠藤の「わたしには、なにもない。」は、俳優育成という乃木坂46の志向をストレートに反映した純ドラマを目指しつつ、同時に遠藤が「アイドルになった」ことそのものをもフィクションを通じて作品全体の主題に織り込んでいる。「わたしには、なにもない。」はこうした性格をもつがゆえに、乃木坂46の4期メンバー初の個人PVを象徴する一作になった。

乃木坂46「個人PVという実験場」

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