■死を扱うけれど、おかしみを生じる作品

 今泉は乃木坂46のペアPVにおいてもう一篇、身近な人物の喪失を扱った作品を手がけている。それが12枚目シングル『太陽ノック』に収録された、北野日奈子堀未央奈主演の「かなしくない」である。

https://www.youtube.com/watch?v=EJkptL9y35k
(※北野日奈子・堀未央奈ペアPV「かなしくない」予告編)

 堀が演じるのは、余命いくばくもないとされる入院患者。彼女は友人の北野に手助けを頼んで病院から脱走、二人は残された時を使って互いの願いを叶えることにする――。

 このようにあらすじを記述すれば、きわめて限られた時間の中で展開する悲壮な青春譚のようにもみえる。しかし、本作は全編にとぼけた雰囲気をたたえ、死の意味を何重にもずらしてみせるような、とらえどころのなさをもつ。

「ちょっとバカな友達」と紹介される北野の言動を起点にしたやりとりのズレは、もう一人の登場人物を交えてさらにねじれていく。それぞれの理路で会話をしている人々が絶妙に噛み合わず、そこにおかしみが生じるのもまた、今泉作品の醍醐味の一つである。

 一方で、作品終盤の人を喰ったような展開や、テロップとナレーションでなされる強引な説明が成立するのは、シングルCD付属のペアPVという、特典映像としての性格ゆえでもあるだろう。今泉が監督した他の個人PV/ペアPVにもなかった本作独特の軽みは、この企画が持つ振り幅を示すものでもある。

 今泉は、人間関係の機微を細やかに描くドラマを多く手がけつつ、時に本作「かなしくない」や「白石麻衣似の多田敦子」(/articles/-/80098)といった一風変わった作品を通して、乃木坂46の個人PVという企画の自由度を体現してみせている。

乃木坂46「個人PVという実験場」

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